ショートメッセージ【サウル②】

サムエル記上 11-13章4節
(油注ぎとサウルの即位)
1、聖書に書かれている油注ぎとは
2、サウルの勝利と即位
3、サウルの高ぶりの芽吹き

 サウルは《若くて麗しく、イスラエルの人々のうちに彼よりも麗しい人はなく、民のだれよりも肩から上、背が高かった。》(9:2)前回、サウルを紹介している聖書箇所です。
 祭司サムエルは、サウルにイスラエル初代の王として、サウルの頭に油を注ぎました。

10:1 その時サムエルは油のびんを取って、サウルの頭に注ぎ、彼に口づけして言った、「主はあなたに油を注いで、その民イスラエルの君とされたではありませんか。あなたは主の民を治め、周囲の敵の手から彼らを救わなければならない。主があなたに油を注いで、その嗣業の君とされたことの、しるしは次のとおりです。

 ここで、「油を注ぐ」ことを聖書でどのような意味を持つか見ていきます。

1、聖書に書かれている油注ぎとは
(1)聖書における油注ぎ

 聖書では一般的に油は、オリブ油で、
 ①_日常的なものとして「灯火用」(出エジプト記25:6)。「食用」(列王記上17:12-16)
  「化粧用」(詩編23:5)
 ②_医薬用として 傷の治療、下剤、鎮痛剤に用いています。
  そして3番目に
 ③_聖なることのため に使われます。
  神さまに選ばれた任職、神さまへの礼拝に用いる器具の聖別のために使われる注ぎ用の油です。

(2)任職及び聖別としての油注ぎ
 油注ぎには,聖さとか神さまへの聖別という意味があります
 ①_王の任職 ― サウル(Ⅰサムエル10:1)、ダビデ(Ⅰサムエル16:13)、
  ソロモン(Ⅰ列王1:39)など
 ②_祭司の任職 ― アロンとその子ら(出エジプト28:41、29:7、レビ8:12)
 ③_預言者の任職 ― エリシャ(Ⅰ列王19:16)
 ④_祭壇などの聖別 ― 幕屋(出エジプト30:26,40:9)、
  祭壇(出エジプト29:36,40:10)、洗盤その他の器具(出エジプト40:11)

 これらの例のように、それぞれ神さまのための奉仕に任職される場合や器具が用いられる場合にも、その前に油注ぎが行われ、神さまに対して聖別され、ささげられています。

(3)注ぎ油の調合
 神さまはモーセに油注ぎ用の油の調合法を指示しておられます(出エジプト記30:23‐25)。

30:22 主はまたモーセに言われた、
30:23 「あなたはまた最も良い香料を取りなさい。すなわち液体の没薬五百シケル、香ばしい肉桂をその半ば、すなわち二百五十シケル、におい菖蒲二百五十シケル、
30:24 桂枝五百シケルを聖所のシケルで取り、また、オリブの油一ヒンを取りなさい。
30:25 あなたはこれを聖なる注ぎ油、すなわち香油を造るわざにしたがい、まぜ合わせて、におい油に造らなければならない。これは聖なる注ぎ油である。

 これに似たものを作ることは禁止され(出エジプト記30:32)、

30:32 常の人の身にこれを注いではならない。またこの割合をもって、これと等しいものを造ってはならない。これは聖なるものであるから、あなたがたにとっても聖なる物でなければならない。

 それに違反した者は民から断ち切られます。

出エジプト記
30:33 すべてこれと等しい物を造る者、あるいはこれを祭司以外の人につける者は、民のうちから断たれるであろう』」。

 このように律法で、油注ぎについて厳格に定められています。

(4)油注ぎの意味は
 油が使われている場面から下の聖句を見ますと
 ①神さまの愛顧(詩篇23:5,92:10)

詩編23:5 あなたはわたしの敵の前で、わたしの前に宴を設け、わたしのこうべに油をそそがれる。わたしの杯はあふれます。

詩編92:10 しかし、あなたはわたしの角を/野牛の角のように高くあげ、新しい油をわたしに注がれました。

 ②奉仕への備え(Ⅰサムエル16:13,イザヤ61:1)

サムエル記上16:13 サムエルは油の角をとって、その兄弟たちの中で、彼に油をそそいだ。この日からのち、主の霊は、はげしくダビデの上に臨んだ。そしてサムエルは立ってラマへ行った。

イザヤ書61:1 主なる神の霊がわたしに臨んだ。これは主がわたしに油を注いで、貧しい者に福音を宣べ伝えることをゆだね、わたしをつかわして心のいためる者をいやし、捕われ人に放免を告げ、縛られている者に解放を告げ、

 これらの場合、神さまの御霊が人にくだって働かれることと関係して用いられていると言えます。

2、サウルの勝利と即位

10:27 しかし、よこしまな人々は「この男がどうしてわれわれを救うことができよう」と言って、彼を軽んじ、贈り物をしなかった。しかしサウルは黙っていた。

 聖別され、王に任命されたサウル。イスラエルの民たちの要望で立てられたましたが、よこしまな人々もいました。

11:1 アンモンびとナハシは上ってきて、ヤベシ・ギレアデを攻め囲んだ。ヤベシの人々はナハシに言った、「われわれと契約を結びなさい。そうすればわれわれはあなたに仕えます」。
11:2 しかしアンモンびとナハシは彼らに言った、「次の条件であなたがたと契約を結ぼう。すなわち、わたしが、あなたがたすべての右の目をえぐり取って、全イスラエルをはずかしめるということだ」。

 ヤベシ・ギレアデは、ガリラヤ湖の南ヨルダン川東岸にある町です。
 アンモン人が住んでいるところのすぐそばにある町ですが、そのアンモン人がその町の人々に降伏を迫っています。
 ヤベシの人々は自分たちでは勝つ見込みがなかったので、「和平条約を結ばせてください。」とお願いします。しかしナハシが突きつけてきた条件は、右の目をえぐり出すことでした。右目がなくなるのは、戦うことができなくなることを意味します。
 そこで、

11:3 ヤベシの長老たちは彼に言った、「われわれに七日の猶予を与え、イスラエルの全領土に使者を送ることを許してください。そしてもしわれわれを救う者がない時は降伏します」。

 と、言いました。そして、

11:4 こうして使者が、サウルのギベアにきて、この事を民の耳に告げたので、民はみな声をあげて泣いた。
11:5 その時サウルは畑から牛のあとについてきた。そしてサウルは言った、「民が泣いているのは、どうしたのか」。人々は彼にヤベシの人々の事を告げた。

 サウルは、王として宣言を受けたのにも関わらず、牛を追って農作業をしていました。
 当時のサウルは、王権についての欲がなかったのか。王として具体的に、どのような仕事をすればよいのか分からなかったのでしょう。

11:6 サウルがこの言葉を聞いた時、神の霊が激しく彼の上に臨んだので、彼の怒りははなはだしく燃えた。

 サウルに神さまの霊が下りました。ご聖霊に満たされたことによって、激しい怒りでサウルは燃え上がりました。イスラエルの民が、自分の仲間が屈辱的仕打ちを受けることを聞いて、怒りが湧くのは当然です。

11:7 彼は一くびきの牛をとり、それを切り裂き、使者の手によってイスラエルの全領土に送って言わせた、「だれであってもサウルとサムエルとに従って出ない者は、その牛がこのようにされるであろう」。民は主を恐れて、ひとりのように出てきた。

 サウルは、《サウルとサムエルとに従って出ない者は、》と言って、自分だけではなくサムエルの名前を加えています。おそらく、まだサウルのことを認めていない人たちがいたので、サムエルの名前を使ったのでしょう。そして、民は主を恐れています。王サウルが言ったからではなく、主が戦ってくださるという信仰をもって《ひとりのように出てきた。》のでしょう。

11:11 明くる日、サウルは民を三つの部隊に分け、あかつきに敵の陣営に攻め入り、日の暑くなるころまで、アンモンびとを殺した。生き残った者はちりぢりになって、ふたり一緒にいるものはなかった。

 こうして、サウルは最初の戦いに勝利を収めました。

11:12 その時、民はサムエルに言った、「さきに、『サウルがどうしてわれわれを治めることができようか』と言ったものはだれでしょうか。その人々を引き出してください。われわれはその人々を殺します」。
11:13 しかしサウルは言った、「主はきょう、イスラエルに救を施されたのですから、きょうは人を殺してはなりません」。

 よい王に備わっている品性ある慈悲です。彼は自分を軽んじた者にあわれみをかけました。さらに、《「主はきょう、イスラエルに救を施されたのですから、》と言って、神さまに栄光を帰しています。

11:14 そこでサムエルは民に言った、「さあ、ギルガルへ行って、あそこで王国を一新しよう」。
11:15 こうして民はみなギルガルへ行って、その所で主の前にサウルを王とし、酬恩祭を主の前にささげ、サウルとイスラエルの人々は皆、その所で大いに祝った。

 こうしてサムエルは改めて、サウルの王権を確固たるものとする儀式を行ないました。それから、彼は、自分の退任スピーチを行ないます。これまで、サムエルの預言による神の統治がおこなわれていましたが、これからはサウルを王とする君主制になります。

3、サウルの高ぶりの芽吹き

口語訳
13:1 サウルは三十歳で王の位につき、二年イスラエルを治めた。

新改訳2017
13:1 サウルは、ある年齢で王となり、二年間だけイスラエルを治めた。

聖書協会共同訳
13:1 サウルは三十歳で王位につき、十二年間イスラエルを統治した。

※1節は,ヘブル語本文では数字が欠けています。
英語のRevised Standard Version(改訂標準訳聖書)では、「サウルが治め始めた時は( )歳であり,( )2年イスラエルを治めた」と数字の部分を欠けたままにしています。

13:2 さてサウルはイスラエルびと三千を選んだ。二千はサウルと共にミクマシ、およびベテルの山地におり、一千はヨナタンと共にベニヤミンのギベアにいた。サウルはその他の民を、おのおの、その天幕に帰らせた。

 サウルは王になってから、イスラエルから戦う者たち三千人を選びました。自分には二千人、息子のヨナタンには一千人従わせています。

13:3 ヨナタンは、ゲバにあるペリシテびとの守備兵を敗った。ペリシテびとはそのことを聞いた。そこで、サウルは国中に、あまねく角笛を吹きならして言わせた、「ヘブルびとよ、聞け」。

 当時はペリシテ人が、イスラエル人の住む地域を支配していますから、ここではイスラエル人がペリシテ人に対して反逆行為を行なった、ということになります。

13:4 イスラエルの人は皆、サウルがペリシテびとの守備兵を敗ったこと、そしてイスラエルがペリシテびとに憎まれるようになったことを聞いた。こうして民は召されて、ギルガルのサウルのもとに集まった。

 ペリシテ人の守備兵を敗ったのはヨナタンなのですが、サウルは、自分が守備兵を敗ったかのように、イスラエルの民に聞かせています。彼は人の功績を自分のもののようにしたのです。

 ここからサウルの高ぶりの芽吹きを見ることができます。彼はここから、どんどんひどくなって、最後は自殺行為に近いかたちで死に、その死体はペリシテ人の見世物になりました。彼は、人間的には謙遜な人でした。「2、サウルの勝利と即位」で、見たとおりです。しかし、何かが足りなかったのです。神さまへの祈り、神さまとの交わりがサウルに見当たらないのです。

 人はどんなに自然に備わった能力と環境があっても、サウルのように高い地位と権力が与えられたら、高ぶるような弱い存在です。神さまの前でのへりくだりがないと、必ず高ぶります。一見、良さそうに見える人、いわゆる「良い人」である人は、その人間的特質が堕落していることを、本人は知っているかもしれませんが、周囲は騙されてしまいます。そもそも、人は堕落しており、大きな権力が与えられるなどの機会が与えられたら腐敗しやすいのです。

 神さまの働きをするときに、もっとも大切なのは、神さまとの結びつきです。
 自分は王であっても、自分自身の上にも王がいるのです。自分は人を管理していても、自分自身が神さまから管理されています。このことを忘れると、私たちは自分のものは自分の好きなようにしてよいという思いが働き、サウルのように高ぶってしまうのです。

2022年12月18日(日)
ニホン・ネットキリスト教会
メッセンジャー:戀田寛正

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