ショートメッセージ【ダニエル④】

ダニエル書4章
(神を受け入れた異邦人の王)

1、神の段階的な取り扱いの中で
2、神の手の中に陥る中で
3、神を信頼して生きる中で

1、神の段階的な取り扱いの中で
 ダニエル書4章1-4節を読みます。

4:1 ネブカデネザル王は全世界に住む諸民、諸族、諸国語の者に告げる。どうか、あなたがたに平安が増すように。
4:2 いと高き神はわたしにしるしと奇跡とを行われた。わたしはこれを知らせたいと思う。
4:3 ああ、そのしるしの大いなること、ああ、その奇跡のすばらしいこと、その国は永遠の国、その主権は世々に及ぶ。

 4章は、ネブカデネザル王の個人的な視点だけが書かれています。この王は歴史の教科書などでは、“ネブカデネザル2世”と呼ばれる人です。
 そのバビロンの王ネブカデネザル2世は、2章で捕囚した一人であるダニエルから、自身が見た夢を明示され、また、その夢の解き明かしを受けて、イスラエルの神さまの力を知りました。
 2章47節を読みます。

2:47 そして王はダニエルに答えて言った、「あなたがこの秘密をあらわすことができたのを見ると、まことに、あなたがたの神は神々の神、王たちの主であって、秘密をあらわされるかただ」。

 そして3章では、自らを模した金の像を造り、人々に拝ませました。
 しかし、イスラエルの神さまを信じるシャデラク(ハナニヤ)、メシャク(ミシャエル)、アベデネゴ(アザリヤ)の3人は、金の像を拝まなかったためにネブカデネザル王は怒り、かつ憤って、炉の中に入れて燃やしました。ところが3人は死ぬことはなく、ネブカデネザル王は、神さまが3人を守られた様子を見てこのように言いました。3章28-29節です。

3:28 ネブカデネザルは言った、「シャデラク、メシャク、アベデネゴの神はほむべきかな。神はその使者をつかわして、自分に寄り頼むしもべらを救った。また彼らは自分の神以外の神に仕え、拝むよりも、むしろ王の命令を無視し、自分の身をも捨てようとしたのだ。
3:29 それでわたしはいま命令を下す。諸民、諸族、諸国語の者のうちだれでも、シャデラク、メシャク、アベデネゴの神をののしる者があるならば、その身は切り裂かれ、その家は滅ぼされなければならない。このように救を施すことのできる神は、ほかにないからだ」。

 このようにイスラエルから捕囚してきた民と、その背後にいる神さまの力を目の前で見てきました。そして、これらの段階を経て神さまは、いよいよネブカデネザル2世個人に自らの力を示すようになります。

2、神の手の中に陥る中で
 4章10-18節で、王はまた夢を見ます。その夢を解き明かすことができたのは、やはり、ダニエルだけでした。
 夢の全容と解き明かしについては時間の関係上省きますが、ぜひ個人的に読んでください。ここでダニエルが王の見た夢に対して解き明かしたポイントの個所だけ見ます。4章24-27節です。

4:24 王よ、その解き明かしはこうです。すなわちこれはいと高き者の命令であって、わが主なる王に臨まんとするものです。
4:25 すなわちあなたは追われて世の人を離れ、野の獣と共におり、牛のように草を食い、天からくだる露にぬれるでしょう。こうして七つの時が過ぎて、ついにあなたは、いと高き者が人間の国を治めて、自分の意のままに、これを人に与えられることを知るに至るでしょう。
4:26 また彼らはその木の根の切り株を残しおけと命じたので、あなたが、天はまことの支配者であるということを知った後、あなたの国はあなたに確保されるでしょう。
4:27 それゆえ王よ、あなたはわたしの勧告をいれ、義を行って罪を離れ、しえたげられる者をあわれんで、不義を離れなさい。そうすれば、あるいはあなたの繁栄が、長く続くかもしれません」。

 今読んだ4章24-27節のことは、ネブカデネザル王に起こりました。
 次の出来事は解説するより、読むほうが分かりやすいので4章28-33節を読みます。

4:28 この事は皆ネブカデネザル王に臨んだ。
4:29 十二か月を経て後、王がバビロンの王宮の屋上を歩いていたとき、
4:30 王は自ら言った、「この大いなるバビロンは、わたしの大いなる力をもって建てた王城であって、わが威光を輝かすものではないか」。
4:31 その言葉がなお王の口にあるうちに、天から声がくだって言った、「ネブカデネザル王よ、あなたに告げる。国はあなたを離れ去った。
4:32 あなたは、追われて世の人を離れ、野の獣と共におり、牛のように草を食い、こうして七つの時を経て、ついにあなたは、いと高き者が人間の国を治めて、自分の意のままに、これを人に与えられることを知るに至るだろう」。
4:33 この言葉は、ただちにネブカデネザルに成就した。彼は追われて世の人を離れ、牛のように草を食い、その身は天からくだる露にぬれ、ついにその毛は、わしの羽のようになり、そのつめは鳥のつめのようになった。

 ネブカデネザル王は、自らの高ぶった発言を神さまに咎められ理性を失くすことになったのです。

3、神を信頼して生きる中で
 その後、理性を取り戻した王の発言を見てみましょう。4章34-37節です。

4:34 こうしてその期間が満ちた後、われネブカデネザルは、目をあげて天を仰ぎ見ると、わたしの理性が自分に帰ったので、わたしはいと高き者をほめ、その永遠に生ける者をさんびし、かつあがめた。その主権は永遠の主権、その国は世々かぎりなく、
4:35 地に住む民はすべて無き者のように思われ、天の衆群にも、地に住む民にも、彼はその意のままに事を行われる。だれも彼の手をおさえて/「あなたは何をするのか」と言いうる者はない。
4:36 この時わたしの理性は自分に帰り、またわが国の光栄のために、わが尊厳と光輝とが、わたしに帰った。わが大臣、わが貴族らもきて、わたしに求め、わたしは国の上に堅く立って、前にもまさって大いなる者となった。
4:37 そこでわれネブカデネザルは今、天の王をほめたたえ、かつあがめたてまつる。そのみわざはことごとく真実で、その道は正しく、高ぶり歩む者を低くされる。

 このように王は自らの高ぶりは独りよがりであり、すべてイスラエルの神さまの導きによって自分が存在することを悟りました。また、自らの見た夢がダニエルの言った通りにことごとく成就したことを悟り、イスラエルの神さまを自分の神さまにしたのです。

 ネブカデネザル王は、戦争で負かした国の神さまを知り信じたのです。ネブカデネザル王にとって、まったく想定外であり、考えられないことだったのです。

 イスラエルの捕囚は、イスラエル人の神さまへの背信の罪でした。
 そこで改めて、イスラエル人の神さまを信頼して生きる神の民の数名の証し(神さまを信頼して生きる姿勢)が、何と異邦人の多神教の国の王を改心させることになったのです。

 私たちがクリスチャンとして生きることは、その時代や文化の基準と相容れないことがあります。むしろ、そのことで目の前に大きなピンチを迎えることすらあるかもしれません。
 しかし、一見愚かに思える神の民の行動は、神さまの導きの中にあって、悟らされ、救いを与えられ、守られるだけでなく、神さまは、隣人や敵対する者に、ご自身をあらわされ導かれることを教えられます。

2023年12月10日(日)
ニホン・ネットキリスト教会
メッセンジャー:香川盛治

【気が楽な教会を探しておられる兄弟姉妹へ】
 以前、日曜日に教会へ通っておられたのに離れてしまった方々へ。理由は、いろいろあると思いますが、それより、「もう一度、教会へ行ってみたいなぁ~」「礼拝へ出たいなぁ~」「賛美したい♪」「人と話すの苦手だけど礼拝に出席したい」と思われている方、ネットで礼拝に出席されませんか。
 ネットの気楽さとコロナ感染予防の観点から、礼拝と聖書の学びが出来るよう準備しました。
 ご興味ある方は、お問合せフォームからご連絡下さい。折り返し、こちらから礼拝のご案内させていただきます。 

【教会や聖書にご興味のある方へ】
 教会は、人がこの世に生まれた時から天に召される時まで、すべての時が神の導きと祝福の内にあることを実感するところです。そして、聖書は人生の処方箋とも言えます。人生に行き詰まりを感じることや、疲れをおぼえる時は、先ず休むことです。明日のことは、明日にならないとわかりません。明日に備えてグッスリ眠るほうが健康的です。
 教会や聖書の書かれていることに、ご興味ある方は、お問合せフォームからご連絡下さい。折り返し、こちらから礼拝のご案内させていただきます。