次回の礼拝4月17日(日)18:00~【ヤコブ①】

次回は、創世記27-28章9節
~逃亡生活の始まり~
1、イサク/信仰継承の失敗
2、リベカ/自分の知恵にたよる
3、エサウとヤコブ/それぞれの刈り取り(結果)

 前回、最後のところでイサク家の問題を見ました。両親の偏愛です。父イサクは、長男エサウを愛し、母リベカは弟息子のヤコブを愛していました。
 また、アブラハムの信仰を継承すべき長男エサウの霊的無関心(神さまに心を向け、神さまの言葉に聞き従うことに乏しい様子)についても見ました。
 弟ヤコブは、ずる賢く、兄エサウの弱みに付け込んで、長子の特権を横取りしていました。
 次回の箇所では、個人個人の思いがさらに表面化して、大切な信仰の継承における出来事に家族の離散を引き起こします。

2、リベカ/自分の知恵にたよる
 では、しっかりした信仰を見せたリベカの知恵を見ます。そのリベカの知恵は、家族と言う単位においてどのように作用したのかを見ることになります。

 知恵という言葉はヘブライ語で「חָכְמָה(ホクマー)」と言いますが、これは旧約聖書においてはとても大きな意味を持つ言葉です。箴言8章12節には「知恵であるわたしは…」と書かれていますが、「知恵」を旧約聖書では度々「人格」として取り扱っています。

 箴言8章22節以下ではその知恵が、
8:22 主が昔そのわざをなし始められるとき、そのわざの初めとして、わたしを造られた。
8:23 いにしえ、地のなかった時、初めに、わたしは立てられた。
8:24 まだ海もなく、また大いなる水の泉もなかった時、わたしはすでに生れ、
8:25 山もまだ定められず、丘もまだなかった時、わたしはすでに生れた。

と語っています。

 また、その知恵ですが、「知恵は天地創造の時に神と共にあった人格」として伝えられています。
詩編104編24節では、
104:24主よ、あなたのみわざはいかに多いことであろう。あなたはこれらをみな知恵をもって造られた。地はあなたの造られたもので満ちている。
 神さまの知恵と人の知恵には雲泥の差があります。

 次回も、家族の問題を見ていくことになります。親子関係と兄弟の関係です。現代社会でも、よくある問題です。
 私たち人間の浅はかな知恵が招く結果を見ていくことになりますが、読み進めると親子の問題も解決の糸口が見えてきます。

 聖書は、古代に書かれたものですが、人間そのものが抱えている問題は現代でも同じです。
 “ 神ありきの家族・社会なのか。”
 “ 神なしの自分ありきの家族・社会なのか。”
 問われる箇所です。

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7年ぶりに、この景色を見に行ってきました。