ショートメッセージ【ヤラベアム】

歴代志下10-13章、列王紀上12-14章
(ヤラベアムの罪)

1、北イスラエルの王となったヤラベアム
2、2人の預言者
3、神さまに見捨てられたヤラベアム

1、北イスラエルの王となったヤラベアム
 ソロモンの跡を継いだレハベアム王が、ヤラベアムたちの提案を受け入れなかったので、彼らは、自分たちの天幕に帰って行きます。
 そこにレハベアムが遣わした徴募人の監督=強制労働の監督アドラムを彼らが石で打ち殺したことは先週お話ししました。

 強制労働を軽くするように提案した彼らのもとに、強制労働の監督が遣わされてきたのですから、怒りの感情にとらわれる気持ちはわかります。

 ここでダビデを思い出してみましょう。彼は自分のいのちを狙うサウル王への畏敬を忘れませんでした。それは、サウル王が神さまの立てられた器であったからです。
 しかし、彼らには、神の器としてのレハベアムやその家来への畏敬は全くありませんでした。
 列王紀上12章19節を読みます。

12:19 こうしてイスラエルはダビデの家にそむいて今日に至った。

 この事件の後、彼らはヤラベアムを王として、ここにユダとベニヤ民族を除く10部族からなる北イスラエル王国が成立します。
 しかし、その成立はダビデの家への背き、ダビデ契約に基づく、神さまが建てられる永遠の王国と王への背信行為から始められることになりました。

 とはいっても、ヤラベアムは預言者アヒヤを通して、ソロモン王に反逆することを許された人でした。ヤラベアムが王となり、神さまのお言葉に忠実に従っていけば、北イスラエル王国は神さまによって固く建てられたはずでした。
 列王記上12章26-30節を読みます。

12:26 しかしヤラベアムはその心のうちに言った、「国は今ダビデの家にもどるであろう。
12:27 もしこの民がエルサレムにある主の宮に犠牲をささげるために上るならば、この民の心はユダの王である彼らの主君レハベアムに帰り、わたしを殺して、ユダの王レハベアムに帰るであろう」。
12:28 そこで王は相談して、二つの金の子牛を造り、民に言った、「あなたがたはもはやエルサレムに上るには、およばない。イスラエルよ、あなたがたをエジプトの国から導き上ったあなたがたの神を見よ」。
12:29 そして彼は一つをベテルにすえ、一つをダンに置いた。
12:30 この事は罪となった。民がベテルへ行って一つを礼拝し、ダンへ行って一つを礼拝したからである。

 ヤラベアムは、北イスラエルの国の中で、南のベテルと北のダンにそれぞれ金の子牛を礼拝の対象として設置しました。それは、人々が南ユダ王国のエルサレムにある神殿に礼拝を献げるうちに、人々の心が南ユダのレハベアム王に移って、自分の権威を保つこができなくなることを心配したからでした。
 ヤラベアムは、人々の神さまへの信仰を自分の保身のために用いたのです。そして自身が偶像礼拝の罪を犯すだけでなく、すべての国民に偶像礼拝による罪を犯させました。
 列王紀上12章31-32節を読みます。

12:31 彼はまた高き所に家を造り、レビの子孫でない一般の民を祭司に任命した。
12:32 またヤラベアムはユダで行う祭と同じ祭を八月の十五日に定め、そして祭壇に上った。彼はベテルでそのように行い、彼が造った子牛に犠牲をささげた。また自分の造った高き所の祭司をベテルに立てた。

 さらに、ヤラベアムは律法に従わず自分で判断し、レビ人ではない祭司を任命し、自分勝手に考えた日を祭りの日としました。
 ヤラベアムは、神さまの秩序を無視して破壊してしまったのです。

 神さまが受けるべき人々からの栄光を横取りし、自ら偶像礼拝をするだけではなく、すべての国民に偶像礼拝の罪を犯させて、神さまの秩序を破壊するという神さまの前での3重4重の罪がヤラベアムの罪なのです。

 ここまで徹底して神さまを無視し、神さまに逆らうことから始まった北イスラエル王国は、このあとに立てられる19人すべての王が、神さまに背き、誰1人神さまに従う王はいませんでした。神さまは紀元前721年アッスリヤという敵国を用いて北イスラエル王国を滅ぼします。

2、2人の預言者
 列王紀上13章に無名の預言者2人が登場します。1人は南のユダから北のベテルに遣わされた「神の人」で、もうひとりの預言者は北のベテルにいた年老いた預言者です。
 南のユダから来た預言者は、ヤラベアム王を恐れずに、神さまからのお言葉を警告として与えます。その毅然とした様子を息子たちから聞いた年老いた預言者は、この神の人を自分の家に招きます。しかし神の人は、神さまのことばに従い招きを断ります。ところが「年老いた預言者」は、神の人をだまして自分の家に招きました。そのことで、「神の人」は無残な死に方をします。

 ここから、神さまのお言葉を伝える預言者は、たとえ人に騙されても、それを自分の失敗として引き受けなければならないことが分かります。人を恐れて人に迎合するなど、見せかけだけの服従はゆるされません。なぜなら神さまのみこころをまっすぐに民に伝えなければならないからです。

 この13章では、これから預言者の時代が始まること、そして預言者の資質が紹介されています。

 それは、このあと立てられる多くの王が、神さまに立てられた王であるということを忘れ、また、民も立てられた王を通して神さまを見ることのできない時代になるからです。
 そこで神さまの言葉をまっすぐに語り、民に神さまのみこころを伝える預言者が必要とされたのです。
 申命記17章15節と同じく17章の18-20節を続けて読みます。

17:15 必ずあなたの神、主が選ばれる者を、あなたの上に立てて王としなければならない。同胞のひとりを、あなたの上に立てて王としなければならない。同胞でない外国人をあなたの上に立ててはならない。

17:18 彼が国の王位につくようになったら、レビびとである祭司の保管する書物から、この律法の写しを一つの書物に書きしるさせ、
17:19 世に生きながらえる日の間、常にそれを自分のもとに置いて読み、こうしてその神、主を恐れることを学び、この律法のすべての言葉と、これらの定めとを守って行わなければならない。
17:20 そうすれば彼の心が同胞を見くだして、高ぶることなく、また戒めを離れて、右にも左にも曲ることなく、その子孫と共にイスラエルにおいて、長くその位にとどまることができるであろう。

 続けてサムエル記上の8章18-19を読みます。

8:18 そしてその日あなたがたは自分のために選んだ王のゆえに呼ばわるであろう。しかし主はその日にあなたがたに答えられないであろう」。
8:19 ところが民はサムエルの声に聞き従うことを拒んで言った、「いいえ、われわれを治める王がなければならない。

 王の資質と民たちについて遡って見ますと、神さまとの関係を完全に見失っていることがわかります。

3、神さまに見捨てられたヤラベアム
 列王紀上14章1-2節を読みます。

14:1 そのころヤラベアムの子アビヤが病気になったので、
14:2 ヤラベアムは妻に言った、「立って姿を変え、ヤラベアムの妻であることの知られないようにしてシロへ行きなさい。わたしがこの民の王となることを、わたしに告げた預言者アヒヤがそこにいます。

 14章では、病気になった息子アビヤが、これからどうなるのか聞くためにヤラベアムが、かつて自分に北イスラエル(10部族)を与えると預言したアヒヤのところに自分の妻を遣わします。
 しかし聞かされたのは、神さまの厳しいさばきとしてのヤラベアムの家への災いでした。

 列王紀上14章9節を読みます。

14:9 あなたよりも先にいたすべての者にまさって悪をなし、行って自分のために他の神々と鋳た像を造り、わたしを怒らせ、わたしをうしろに捨て去った。

 新改訳2017では

14:9 ところがあなたは、これまでのだれよりも悪いことをした。行って自分のためにほかの神々や鋳物の像を造り、わたしの怒りを引き起こし、わたしをあなたのうしろに捨て去った。

 《これまでのだれよりも悪いことをした。》と訳されています。

 そして列王紀を通して列王紀下23章まで罪の代名詞としてヤラベアムの名前が登場します。

 ヤラベアムを通して聖書は私たちに、神さまを後ろに捨て去る代償がいかに高くつくかを教えています。
 そしてもう1つ。列王紀上14章8節です。

14:8 国をダビデの家から裂き離して、それをあなたに与えたのに、あなたはわたしのしもべダビデが、わたしの命令を守って一心にわたしに従い、ただわたしの目にかなった事のみを行ったようにではなく、

 盛治さんを通して学んだバテシバ事件はまだ記憶に新しいと思います。しかし、神さまはそのことを問われずに、ダビデを《わたしの目にかなった事のみを行った》と評価しています。
 それはダビデが、主の前に自分の罪を悔い改めたからにちがいありません。もちろんダビデもその罪の代償は払わされましたが、神さまは悔い改めた者をそれ以上に責めることはありません。

 私たちも悔い改めるのに早い者であり、《わたしの目にかなった事のみを行った》と言われたいものです。それは、決して完全という意味ではなく、間違いを示されたら、神さまの前に素直に自分の罪を認め、悔い改める心を持ち続けることです。

2023年4月23日(日)
ニホン・ネットキリスト教会
メッセンジャー:香川尚徳

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