ショートメッセージ【エリヤ⑤】

列王記上20章-21章
(アハブの行い)

1、背信の王アハブと国際情勢
2、背信の妻と預言者の間に立つ王
 ①妻に頼って罪を犯すアハブ
 ②さばきを免れるアハブ

1、背信の王アハブと国際情勢
 20章ではエリヤは登場しません。宿敵アハブの事が中心です。

 スリヤ(アラム)王〈ベネハダデ〉による北イスラエルのサマリヤ包囲網が敷かれました。その背景には、帝国アッシリヤを含めた3国の国際情勢がからんでいます。アッシリヤがスリヤ(アラム)に攻撃を仕掛けたため、スリヤ(アラム)はイスラエルを反アッシリヤ同盟に加わらせようとしました。

 アハブは、最初の無条件降伏勧告に同意しましたが、2度目の要求には長老たちに相談すると《「聞いてはなりません。承諾してはなりません」。》(8)と拒否したので、アハブは長老たちの意見に同意し、スリヤ(アラム)王〈ベネハダデ〉の使いに《今度の事はできません』」》(9)と断りました。

 最初の要求と2度目との違いは、王個人にかかわるものと王国全体にかかわるものとの違いです。

 スリヤ(アラム)の王〈ベネハダデ〉は、早速《「戦いの備えをせよ」。》(12)と家来たちに命じ、《彼らは町にむかって戦いの備えをした。》(12)のです。
 ここでピンチにあるアハブに意外なところからの助けがあります。
 13節です。

20:13 この時ひとりの預言者がイスラエルの王アハブのもとにきて言った、「主はこう仰せられる、『あなたはこの大軍を見たか。わたしはきょう、これをあなたの手にわたす。あなたは、わたしが主であることを、知るようになるであろう』」。

 その目的は、耳を疑いたくなるのですが、アハブが《わたしが主であることを、知るようになる》ためです。降伏勧告を拒否したものの、アハブには戦いの備えも勝つ見込みもなく、ひとりの預言者に《「だれにさせましょうか」》(14)とアハブが問うほどでした。そして預言者の指示通り地方の代官二百三十二人と戦いに出られる七千人を集めました。
 戦争の結果は、19-21節です。

20:19 地方の代官の家来たちと、それに従う軍勢が町から出ていって、
20:20 おのおのその相手を撃ち殺したので、スリヤびとは逃げた。イスラエルはこれを追ったが、スリヤの王ベネハダデは馬に乗り、騎兵を従えてのがれた。
20:21 イスラエルの王は出ていって、馬と戦車をぶんどり、また大いにスリヤびとを撃ち殺した。

 13節に登場した預言者は、22節で、アハブへ予想外の勝利に浮つくことのないように、次の年の春の攻撃に備えるよう指示します。また、28節にも神の人がアハブに、勝利は神さまによるものであると再度伝えます。背信行為に走るアハブに対する配慮は、今までにない特別のものと言えます。

20:28 その時神の人がきて、イスラエルの王に言った、「主はこう仰せられる、『スリヤびとが、主は山の神であって、谷の神ではないと言っているから、わたしはこのすべての大軍をあなたの手にわたす。あなたは、わたしが主であることを知るようになるであろう』」。

 翌年の春に、スリヤ(アラム)王〈ベネハダデ〉は大軍を率いてやってきました。先ほど読みました神の人の言葉通り、戦争が始まって向かい合い7日目に勝利しました。武器・兵士の数、戦争するにあたり勝てる要素は何もありません。ただ、神さまがアハブにご自身の存在を認識させるためでした。
 しかしアハブは、スリヤ(アラム)王〈ベネハダデ〉の家来の芝居によりヨイショ(おだて上げられ)され、スリヤ(アラム)王〈ベネハダデ〉を許してしまいました。
 まったくイスラエルの王として戦うことを理解していませんでした。

 当時、イスラエルにとって最悪の敵国スリヤ(アラム)に対する寛大な扱いは、大国アッシリヤの侵略を予期してか、周辺国と友好同盟を結ぶ一環として、スリヤ(アラム)を友好的緩衝国として考えたかもしれませんが、浅はかな行動でした。
 神さまの答えは20章42-43の通りです。

20:42 彼は王に言った、「主はこう仰せられる、『わたしが滅ぼそうと定めた人を、あなたは自分の手から放して行かせたので、あなたの命は彼の命に代り、あなたの民は彼の民に代るであろう』と」。
20:43 イスラエルの王は悲しみ、かつ怒って自分の家におもむき、サマリヤに帰った。

 聖絶の命令を怠る者は、石打ち刑(ヨシュア記7:25(アカンの件))、また、王位から退けられます(サムエル記上15:26(サウルの戦利品処分の件)。ご命令の内容も厳しいですが、聞き従わなかったらさばきも厳しいです。ベネハダデは、神さまの聖絶の対象だったのですが、アハブが自分の手から放したので、アハブの命はベネハダデの命の代りとなるのです。

2、背信の妻と預言者の間に立つ王
 ①妻に頼って罪を犯すアハブ

 続いて21章ですが、1-4節を読みます。

21:1 さてエズレルびとナボテはエズレルにぶどう畑をもっていたが、サマリヤの王アハブの宮殿のかたわらにあったので、
21:2 アハブはナボテに言った、「あなたのぶどう畑はわたしの家の近くにあるので、わたしに譲って青物畑にさせてください。その代り、わたしはそれよりも良いぶどう畑をあなたにあげましょう。もしお望みならば、その価を金でさしあげましょう」。
21:3 ナボテはアハブに言った、「わたしは先祖の嗣業をあなたに譲ることを断じていたしません」。
21:4 アハブはエズレルびとナボテが言った言葉を聞いて、悲しみ、かつ怒って家にはいった。ナボテが「わたしは先祖の嗣業をあなたに譲りません」と言ったからである。アハブは床に伏し、顔をそむけて食事をしなかった。

 エズレルの町は、サマリヤの北にある要塞の町で東西南北の要路にあって、有利な地形と豊かな土地を持つ町として、北王国イスラエルの王アハブの宮殿が建てられました。
 その地のぶどう畑を異常なほど欲しがり、駄々をこねる姿(4)が書かれています。
 ナボテが断った理由は、先祖の嗣業(相続地、原語は「賜物」の意)の地だったからです。他に部族として守るため(民36:9)であり、律法に適ったことです。
 21章5-10節を読みます。

21:5 妻イゼベルは彼の所にきて、言った、「あなたは何をそんなに悲しんで、食事をなさらないのですか」。
21:6 彼は彼女に言った、「わたしはエズレルびとナボテに『あなたのぶどう畑を金で譲ってください。もし望むならば、その代りに、ほかのぶどう畑をあげよう』と言ったが、彼は答えて『わたしはぶどう畑を譲りません』と言ったからだ」。
21:7 妻イゼベルは彼に言った、「あなたが今イスラエルを治めているのですか。起きて食事をし、元気を出してください。わたしがエズレルびとナボテのぶどう畑をあなたにあげます」。
21:8 彼女はアハブの名で手紙を書き、彼の印をおして、ナボテと同じように、その町に住んでいる長老たちと身分の尊い人々に、その手紙を送った。
21:9 彼女はその手紙に書きしるした、「断食を布告して、ナボテを民のうちの高い所にすわらせ、
21:10 またふたりのよこしまな者を彼の前にすわらせ、そして彼を訴えて、『あなたは神と王とをのろった』と言わせなさい。こうして彼を引き出し、石で撃ち殺しなさい」。

 アハブは律法を意識していたようですが、イゼベルにとっては無関係です。しかしイゼベルは律法を悪用し、ナボテを殺害しました。8節に《彼の印》とありますが、《印》は王の権威のしるしです。イゼベルは、その王の権威を使って殺害命令出したのです。そして、ナボテの死後、その土地は、通常であれば相続人が相続するのですが、死んだ原因が《神と王とをのろった》(10)として奪い取られてしまいました。

 ②さばきを免れるアハブ
 16-20a節まで読みます。

21:16 アハブはナボテの死んだのを聞くとすぐ、立って、エズレルびとナボテのぶどう畑を取るために、そこへ下っていった。
21:17 そのとき、主の言葉がテシベびとエリヤに臨んだ、
21:18 「立って、下って行き、サマリヤにいるイスラエルの王アハブに会いなさい。彼はナボテのぶどう畑を取ろうとしてそこへ下っている。
21:19 あなたは彼に言わなければならない、『主はこう仰せられる、あなたは殺したのか、また取ったのか』と。また彼に言いなさい、『主はこう仰せられる、犬がナボテの血をなめた場所で、犬があなたの血をなめるであろう』」。
21:20a アハブはエリヤに言った、「わが敵よ、ついに、わたしを見つけたのか」。

 17-19節では、アハブがナボテの土地を取ろうとしている時に、神さまがエリヤにアハブの事を告げます。
 20節を見ますと、アハブにとってエリヤは《わが敵》(20)と言っています。アハブの悪が2人の再会を誘発したと言えます。
 20b-25節まで読みます。

21:20b彼は言った、「見つけました。あなたが主の目の前に悪を行うことに身をゆだねたゆえ、
21:21 わたしはあなたに災を下し、あなたを全く滅ぼし、アハブに属する男は、イスラエルにいてつながれた者も、自由な者もことごとく断ち、
21:22 またあなたの家をネバテの子ヤラベアムの家のようにし、アヒヤの子バアシャの家のようにするでしょう。これはあなたがわたしを怒らせた怒りのゆえ、またイスラエルに罪を犯させたゆえです。
21:23 イゼベルについて、主はまた言われました、『犬がエズレルの地域でイゼベルを食うであろう』と。
21:24 アハブに属する者は、町で死ぬ者を犬が食い、野で死ぬ者を空の鳥が食うでしょう」。
21:25 アハブのように主の目の前に悪を行うことに身をゆだねた者はなかった。その妻イゼベルが彼をそそのかしたのである。

 21-24節は、神さまがエリヤに告げた、さばきの言葉です。次に25節を見ますとエリヤは、アハブの悪事はイゼベルの影響を受けていたと、みていることが分かります。
 26-29節を読みます。

21:26 彼は主がイスラエルの人々の前から追い払われたアモリびとがしたように偶像に従って、はなはだ憎むべき事を行った。
21:27 アハブはこれらの言葉を聞いた時、衣を裂き、荒布を身にまとい、食を断ち、荒布に伏し、打ちしおれて歩いた。
21:28 この時、主の言葉がテシベびとエリヤに臨んだ、
21:29 「アハブがわたしの前にへりくだっているのを見たか。彼がわたしの前にへりくだっているゆえ、わたしは彼の世には災を下さない。その子の世に災をその家に下すであろう」。

 今までアハブの行動を見てきましたが、アハブは、アイデンティティが無いと言いますか、心の内に軸がないため、他者に影響されやすい稚拙さが有るようです。そのためスグに後悔し、分かりやすい行動が27節で書かれています。

 27節のアハブの後悔の行動の心の内は、ここでは書かれていません。

 また、ナボテを陥れた偽りの証言した《ふたりのよこしまな者》はどうなったのか。ナボテのぶどう畑や家に何らかの補償が与えられたのかも記されていません。

 20-21章を読みますと、神さまがアハブをさばかないので不思議に思いますね。これは、ただただ、神さまの憐れみが書かれていると言えます。もちろん、神さまからアハブの悪事を告げられ断罪のことばを発したエリヤが一番、不思議に感じていたでしょう。

 ここで列王記の著者の視点がわかります。
 さばきを宣告するエリヤと、異教の妻イゼベルにコントロールされ背信続ける王アハブとの関係にあり、また神さまの御心に向けられているのです。

2023年6月4日(日)
ニホン・ネットキリスト教会
メッセンジャー:戀田寛正

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