ショートメッセージ【ネヘミヤ⑤】

ネヘミヤ記6章と13章
(悔い改めはしっかりと)

1、トビヤ問題
2、レビ人への生活物資等未支給問題
3、安息日に働く問題
4、外国の女性をめとる問題
5、マラキの時代につながる予兆へと・・・

1、トビヤ問題
 まずネヘミヤ13章6節を読みます。

13:6 その当時、わたしはエルサレムにいなかった。わたしはバビロンの王アルタシャスタの三十二年に王の所へ行ったが、しばらくたって王にいとまを請い、

 ネヘミヤはアルタシャスタ王の二十年にイスラエルに行くことを許可されたので、12年後に一度バビロンに帰り、その後に暇乞いをしてイスラエルに帰ってきたようです。
 その期間がどれくらいであったのかは書かれていませんが、その間にたくさん問題が発生していました。
 ネヘミヤは城壁を再建し、祭司を再編し、さらに律法によってイスラエルを復興し、治めていきました。順調に見える中にも、それに従わない者もいたのです、どの時代でも同じですね。
 ネヘミヤ6章1-2節、そして12節を読みます。

6:1 サンバラテ、トビヤ、アラビヤびとガシムおよびその他のわれわれの敵は、わたしが城壁を築き終って、一つの破れも残らないと聞いた。(しかしその時にはまだ門のとびらをつけていなかったのである。)
6:2 そこでサンバラテとガシムはわたしに使者をつかわして言った、「さあ、われわれはオノの平野にある一つの村で会見しよう」と。彼らはわたしに危害を加えようと考えていたのである。

6:12 わたしは悟った。神が彼をつかわされたのではない。彼がわたしにむかってこの預言を伝えたのは、トビヤとサンバラテが彼を買収したためである。

 ここで、トビヤという人が出てきます。
 彼は元々、ネヘミヤの行動に敵対する者でした。その彼が13章で再登場します。
 13章4-5節を読みます。

13:4 これより先、われわれの神の宮のへやをつかさどっていた祭司エリアシブは、トビヤと縁組したので、
13:5 トビヤのために大きなへやを備えた。そのへやはもと、素祭の物、乳香、器物および規定によってレビびと、歌うたう者および門を守る者たちに与える穀物、ぶどう酒、油の十分の一、ならびに祭司のためのささげ物を置いた所である。

 つまりトビヤは、カメレオンのように姿を変えて、祭司エリアシブに取り入って、私腹を肥やしていたということです。もちろん、これを正すわけですが、ここでの問題は排除するべきものを排除せずにいれば、形を変えて害をなすという点です。

2、レビ人への生活物資等未支給問題
 ネヘミヤ記13章10節を読みます。

3:10 わたしはまたレビびとがその受くべき分を与えられていなかったことを知った。これがためにその務をなすレビびとおよび歌うたう者たちは、おのおの自分の畑に逃げ帰った。

 ネヘミヤの不在中に、エリアシブなど指導者層がケジメをつけられず、その事が民衆に悪影響を及ぼし、十分の一のささげ物が乏しくなり、レビ人ら神殿奉仕者の生活が困難になってきたため、神殿奉仕者たちは、農耕の道を選び神殿の務めを去っていきました。
 この問題を解決するために、ネヘミヤは自ら行動に出る必要がありました。
 13章11-13節を読みます。

13:11 それでわたしはつかさたちを責めて言った、「なぜ神の宮を捨てさせたのか」。そしてレビびとを招き集めて、その持ち場に復帰させた。
13:12 そこでユダの人々は皆、穀物、ぶどう酒、油の十分の一を倉に携えてきた。
13:13 わたしは祭司シレミヤ、学者ザドクおよびレビびとペダヤを倉のつかさとし、またマッタニヤの子ザックルの子ハナンをその助手として倉をつかさどらせた。彼らは忠実な者と思われたからである。彼らの任務は兄弟たちに分配する事であった。

3、安息日に働く問題
 13章15節を読みます。

13:15 そのころわたしはユダのうちで安息日に酒ぶねを踏む者、麦束を持ってきて、ろばに負わす者、またぶどう酒、ぶどう、いちじくおよびさまざまの荷を安息日にエルサレムに運び入れる者を見たので、わたしは彼らが食物を売っていたその日に彼らを戒めた。

 出エジプト記31章15節《六日のあいだは仕事をしなさい。七日目は全き休みの安息日で、主のために聖である。すべて安息日に仕事をする者は必ず殺されるであろう。》と律法に安息日を守るよう厳しく書かれています。
 15節に書かれているような“ゆるみ”が日常の暮らしに見られることから、なかなか律法的な生活が守れないことが分かります。

4、外国の女性をめとる問題
 ネヘミヤ13章23-25節を読みます。

13:23 そのころまた、わたしはアシドド、アンモン、モアブの女をめとったユダヤ人を見た。
13:24 彼らの子供の半分はアシドドの言葉を語って、ユダヤの言葉を語ることができず、おのおのその母親の出た民の言葉を語った。
13:25 わたしは彼らを責め、またののしり、そのうちの数人を撃って、その毛を抜き、神の名をさして誓わせて言った、「あなたがたは彼らのむすこに自分の娘を与えてはならない。またあなたがたのむすこ、またはあなたがた自身のために彼らの娘をめとってはならない。

 これも律法の規定違反になります。イスラエル人は現在の異邦人である私たちのような自由な立場ではありません。神さまの選びの民ですから、血が混ざることは許されません。
 しかし、結婚の問題は悪い意味での事なかれ主義に陥りやすいのでしょう。これもネヘミヤはしっかりと対応していきます。

5、マラキの時代につながる予兆へと・・・
 ネヘミヤがイスラエルを離れている間に多くの問題をもった背景には、人間の弱さがあるわけです。これに対してネヘミヤはどうしたでしょうか。
 13章30-31節を読みます。

13:30 このように、わたしは彼らを清めて、異邦のものをことごとく捨てさせ、祭司およびレビびとの務を定めて、おのおのそのわざにつかせた。
13:31 また定められた時に、たきぎの供え物をささげさせ、また初物をささげさせた。わが神よ、わたしを覚え、わたしをお恵みください。

 このように、律法に基づいて規定を作り、管理しました。ネヘミヤが生きている間は、これで治まったのでしょう。しかし、後のマラキの時代にイスラエルの民(祭司)は、《「あなたはどんなふうに、われわれを愛されたか」。》(マラキ書1章2節)と神さまへ言うようになるのです。

 人の弱さはそれぞれ違います。どれだけ立派な規定があり、管理をしても心が変わらなければ抜け穴を見つけ、また規定ができるだけのことになります。

 離散から帰ってきた時の民が、律法を聞いた時に泣いて改めたのが、嘘のように、ほころびていく背景を覚えなければなりません。
 礼拝では、一時的に決心するものの、日々の暮らしに聖書の御言葉を適用できていないことを痛感されるクリスチャンがおられるでしょう。

 一人ひとりの信仰者が、神さまの御手の中にあり、自分自身の問題として適用していく心がなければ、礼拝自体が神さまに受け取ってもらえません。つまり、自己満足的な形式的な礼拝は、神さまはお見通しであり、神さまは喜ばれないのです。

 次回のマラキ書からも、私たちは、神さまが喜ばれる良好な関係は、どのようなものかを学ぶことになります。

2024年3月17日(日)
ニホン・ネットキリスト教会
メッセンジャー:香川盛治

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