ショートメッセージ【中間時代①】

(主のお言葉を聞くことのききん)

1、中間時代とは(アモス書8章11節の預言)
2、中間時代の概要
 2-1地理的におけるパレスチナ
 2-2中間時代に入る前
 2-3中間時代の主な出来事
(1)ペルシャ時代(BC539‐BC336)
(2)ヘレニズム時代(BC336‐BC165)
  ①エジプト(プトレマイオス朝)の支配下(BC301‐BC198)
  ②シリア(セレウコス朝)の支配下(BC198‐BC142)

 今週と来週に分けて、旧約聖書の最後の時代から新約聖書までの時代について主だった出来事を見ていきたいと思います。

1、中間時代とは(アモス書8章11節の預言) 
 最初に、アモス書8章11-12節を読みます。

8:11 主なる神は言われる、「見よ、わたしがききんをこの国に送る日が来る、それはパンのききんではない、水にかわくのでもない、主の言葉を聞くことのききんである。
8:12 彼らは海から海へさまよい歩き、主の言葉を求めて、こなたかなたへはせまわる、しかしこれを得ないであろう。

 本日は、メッセージというより、先週終わりました旧約聖書最後の書簡マラキ書から新約聖書のマタイによる福音書までの約400年の間に起きた出来事のあらましを見ていきたいと思います。ですので、本日は、ほぼ講義、少しメッセージだと思って聞いてください。

 冒頭にお読みしたアモス書の8章11-12節ですが、この書簡を書いたアモスは、おおよそ紀元前8世紀、ホセア、イザヤ、ミカの時代の預言者です。このアモスは、北イスラエル王国との国境に近い、南王国ユダの住民だったのですが、神さまから御告げを受け北イスラエル王国へ派遣されます。

 皆さんご存知の通り、北王国の王たちは偶像に熱心でした。そして、商売人たちは、貧しい人たちから搾取し、不正な方法によって財産を得ていました。神さまがモーセを通してイスラエルに与えた律法を守らなくなり不正まみれでした。
 アモスは、その不正を糾弾しましたが、彼らは聞かず、とうとう“主の日”、すなわち裁きの預言が下されるのです。その中の一文が8章の11-12節です。この預言は、約40年後、北イスラエル王国がアッスリヤ帝国に滅ぼされてしまったことは歴史の事実です。

 12節は、自分たちが何に拠り求めればよいか分からず、徘徊している様子です。彼らは、預言者を通して、御言葉が語られている時は、全く聞かなかったのに、預言に示された事が起こった後で、神さまや神さまに遣わされた預言者を求めているのです。しかし、時すでに遅し。

 さて、中間時代についてお話しします。旧約聖書が最後に書かれてからキリストが現れるまでの時間を「中間時代」と呼びます。その間約400年です。また、神さまからの預言が無かったことから「空白の400年」「沈黙の400年」とも呼ばれています。
 そして、この400年間に時代区分があります。その時代区分ですが、辞典や解説書によって微妙に表現や年数が違います。その辺りは、予めご了承ください。

  ペルシャ時代  BC550‐BC332
 (1)ヘレニズム(ギリシア)時代 BC331‐BC167
   ①エジプト(プトレマイオス朝)の支配下
   ②シリア(セレウコス朝)の支配下
 (2)マカベア時代  BC167‐BC63
 (3)ローマ時代   BC63‐AD135

2、中間時代の概要
 2-1地理的におけるパレスチナ
 パレスチナ(イスラエル)の地は、アジア、アフリカ、ヨーロッパを結ぶ接続地です。古代の帝国の覇者にとっては、大陸間要衝のとても重要な地域であるため、パレスチナ(イスラエル)の地は、次々に変わる覇者の支配下に置かれ翻弄されました。

 ここで余談ですが、なぜイスラエルを“パレスチナ”と呼ぶのか。簡単にお話しします。
 パレスチナの名称は、“ペリシテ人の地”という意味です。
 イザヤ書14章29節と31節を読みます。

14:29 「ペリシテの全地よ、あなたを打ったむちが/折られたことを喜んではならない。へびの根からまむしが出、その実は飛びかけるへびとなるからだ。

14:31 門よ、泣きわめけ。町よ、叫べ。ペリシテの全地よ、恐れのあまり消えうせよ、北から煙が来るからだ。その隊列からは、ひとりも脱落する者はない」。

 このペリシテの地を指して“パレスチナ”となったようです。ただ、イエス様のお生まれになった時代は“ユダヤ王国”で、ヘロデ大王が統治していました。ヘロデ大王が死後、ローマ帝国の属州となっています。

 紀元132年にバル・コクバと言う革命指導者が登場し、自身を救世主と名のりローマに対する反乱を起こしました。紀元132年ですから弟子たちはいない時代です。
 イエス様を救い主と信じないユダヤ人たちは、まだ、異民族の統治から解放してくれる政治的救世主を待ち望んでいました。そして、ユダヤ人たちはエルサレムからローマ軍を追い払い2年ほど支配権を持っていましたが、体制を再整備したローマ軍によって鎮圧され、当時の皇帝ハドリアヌスは、ユダヤ人を町から追い出し、同時にユダヤをシリヤ・パレスチナと改称し、異邦人をその地に居住するようにさせました。
 今でも“パレスチナ”と呼ぶ理由は、この時代まで遡ります。

 “パレスチナ”を指す範囲は、時代によって変わります。今回は、名称についてのみの説明とさせていただきます。

 2-2中間時代に入る前
 北イスラエル王国(10部族)は、BC722年にアッシリアの捕囚となり、サマリヤは異邦人の植民地となって「サマリヤ人」という共同体が形成されていきました。

 南王国ユダ(2部族)は、BC586年エルサレムの神殿が破壊されてバビロンの捕囚となりましたが、BC539年バビロンは、ペルシャ王クロスによって倒されました。そして、ユダヤ人たちは、クロス王が捕囚の民に与えた故国帰還の許可(BC538年)に促されて、総督ゼルバベルと大祭司ヨシュアの先導によって帰国しました。
 また、帰国した民は神殿を再建し(ソロモンの神殿が破壊されてから約70年後)、そこで礼拝する事も許されました。(歴代志下36章22-23節、エズラ記1章1-4節)

 2-3 中間時代の主な出来事
 (1)ペルシャ時代(BC550‐BC332)
 ペルシャ王クロスは、統治1年目にユダヤ人をバビロニアの捕囚から解放し、エルサレムに帰還することを奨励し助けました。(エズラ1章)クロスの後継者ダリヨス王もユダヤ人の神殿再建や再定住を支持しました。

 ユダや人たちは、長年の捕囚の結果、散らされた地方や場所で、会堂(シナゴーグ)を持ち、会堂で礼拝するようになったのです。この新しい習慣は、祖国で神殿が再建された後も続きました。
 祭司たちは、神殿の中で奉仕をし、いけにえの儀式を執り行っていましたが、会堂での礼拝は、律法の学びが中心となって、“律法学者”が登場するようになり、その律法学者たちが影響力を持つようになり、民衆に律法の解説者となっていきました。。
(神さまについての質問は、祭司より律法学者のところへ行くようになりました)

 バビロニア捕囚の間に取り残されたイスラエル人の子孫であるサマリヤ人は、バビロニア人、シリア人、その他の民族と結婚しました。その結果、礼拝に異教の要素を取り入れてしまいました。
 そして、イスラエル人はサマリヤ人との宗教紛争に入ったのです。

 ユダヤ人はエルサレムに神殿を再建。
 サマリヤ人は対抗して、北(ゲリジム山:標高881m)に神殿を建てたのです。この事により民族的宗教紛争が長期化。(イスラエルの人たちにとって、ヨハネによる福音書4章のイエス様がサマリヤの姦淫の女と話したことは驚くべきことでした)

 (2)ヘレニズム時代(BC331‐BC167)
 ペルシャがマケドニア王国のアレクサンドロス大王に敗北しました。そしてマケドニアからエジプト、ギリシア、ペルシャ、インドの一部まで支配しました。
 しかし、アレクサンドロスは若くして死んでしまい、後継者(ディアドゴイ)たちは大きな領土を3分割したのです。
 
  ①エジプト(プトレマイオス朝)の支配下
 イスラエルは、プトレマイオス(エジプト)の支配下に置かれました。政治的変化は大きくありませんでしたが、文化的にギリシア(ヘレニズム)の影響を受けるようになりました。
 帝国を保つための政策は、支配していく多様な民族を標準化するため、プトレマイオス朝は、あらゆる方法を用いてギリシア語と思想の奨励を実行したのでした。

 また、何千人ものユダヤ人がアレキサンドリヤに強制移住させられました。祖国と外国に住むユダヤ人たちはギリシア宗教に抵抗しましたが、貿易用の言語であるギリシア語(コイネー)を話すようになったのです。

 この時代、大きな出来事でとしてユダヤ人学者一団が、旧約聖書をヘブル語からギリシア語に翻訳したことです。この70人訳とも言われるギリシア語聖書は、広範囲に点在するユダヤ人コミュニティに広く用いられるようになりました。

  ②シリア(セレウコス朝)の支配下
 紀元前198年シリアが、エジプトが支配していたイスラエル領を征服し支配下に置きます。
 アンティオコス・エピファネスは、イスラエルからユダヤ教を排除しようと、神殿を汚し、神への生け贄を禁止し、ユダヤ人に豚肉を食することを強要し、安息日や祝祭日を禁止しました。

 シリア(セレウコス朝)の王アンティオコスをなだめて、その要求に協力するユダヤ人がいる一方で、抵抗する者もいた。
 この2つのグループはヘレニスト(ギリシア化したユダヤ人)とハシディーム(敬虔な者たち)と知られ、ハシディームはパリサイ派の先駆者です。また、大祭司に忠誠を誓うグループが現れて、このグループはサドカイ派の先駆者です。

 異教の生け贄をささげる要求を拒否した時に闘争が起こりました。祭司マタティアは、シリアの役人と堕落したユダヤ人たちを殺し、逃げて、各地の信仰の深いユダヤ人に参加を呼びかけました。そして反乱を起こし拡大する中で、年老いた祭司マタティアは亡くなりますが、マタティアの3男マカバイ(ユダ)が指導者となり、シリア人を倒しイスラエルの独立が達成したのです。

 神さまのお言葉を語る預言者が与えられない時代、イスラエルには、時の支配者に従う者たちが多い中、神さまの教えを守ろうとする信仰者たちがいました。
 どのような時代でも、心静めて神さまへ祈り、御心に従おうとすれば、神さまは導いて下さいます。
 来週は、中間時代の後半を学びます。

2024年4月28日(日)
ニホン・ネットキリスト教会
メッセンジャー:戀田寛正

【気が楽な教会を探しておられる兄弟姉妹へ】
 以前、日曜日に教会へ通っておられたのに離れてしまった方々へ。理由は、いろいろあると思いますが、それより、「もう一度、教会へ行ってみたいなぁ~」「礼拝へ出たいなぁ~」「賛美したい♪」「人と話すの苦手だけど礼拝に出席したい」と思われている方、ネットで礼拝に出席されませんか。
 ネットの気楽さとコロナ感染予防の観点から、礼拝と聖書の学びが出来るよう準備しました。
 ご興味ある方は、お問合せフォームからご連絡下さい。折り返し、こちらから礼拝のご案内させていただきます。 

【教会や聖書にご興味のある方へ】
 教会は、人がこの世に生まれた時から天に召される時まで、すべての時が神の導きと祝福の内にあることを実感するところです。そして、聖書は人生の処方箋とも言えます。人生に行き詰まりを感じることや、疲れをおぼえる時は、先ず休むことです。明日のことは、明日にならないとわかりません。明日に備えてグッスリ眠るほうが健康的です。
 教会や聖書の書かれていることに、ご興味ある方は、お問合せフォームからご連絡下さい。折り返し、こちらから礼拝のご案内させていただきます。

※当教会は、信仰の有無や長さに関係なく、
 気楽に集いたい方、気楽に聖書を学びたい方に向いています。
※聖書解釈はオーソドックスなプロテスタントですが、
 教理・教条主義ではありません。
※牧師・伝道師の属人的な教会ではありません。
 上下関係は無く、フレンドリーで話しやすい教会です。