【ショートメッセージ_マリヤの夫ヨセフ】

マタイによる福音書、ルカによる福音書、ヨハネによる福音書
(イエス様の母マリヤの夫)

1、イエス様の母マリヤの夫ヨセフ
2、イエス様の誕生とエジプトへ避難
3、ヨセフの職業
4、ヨセフの生涯

 本日は、イエス様の母マリヤの夫であるヨセフについて学びます。

1、イエス様の母マリヤの夫
 ルカにおる福音書1章27節を読みます。

1:27 この処女はダビデ家の出であるヨセフという人のいいなづけになっていて、名をマリヤといった。

 次に、マタイによる福音書1章16節を読みます。

1:16 ヤコブはマリヤの夫ヨセフの父であった。このマリヤからキリストといわれるイエスがお生れになった。

 系図の最後にヨセフは《マリヤの夫》として記されています。
 マタイによる福音書1章18節を読みます。

1:18 イエス・キリストの誕生の次第はこうであった。母マリヤはヨセフと婚約していたが、まだ一緒にならない前に、聖霊によって身重になった。

 当時のイスラエルの結婚に関する慣習で、双方の親の合意で幼少の時から婚約を結んでおく“いいなずけ(許婚)”がありました。そして実際の結婚の1年前に、婚約と定めて1年程度の婚約期間を経て結婚生活に入るようで、その期間中にマリヤの妊娠が判明しました。
 マタイによる福音書1章19節を読みます。

1:19 夫ヨセフは正しい人であったので、彼女のことが公けになることを好まず、ひそかに離縁しようと決心した。

 ヨセフは、マリヤと婚約中でしたので、マリヤが身重になったことで、ひそかに彼女を去らせようとしました。
 この判断は、ヨセフの身勝手なものではありません。
 《夫ヨセフは正しい人》とありますから、律法を守る人だとわかります。申命記22章に婚約中の男女間の規定があり、この時代は、厳格に守られていたようではありませんが、ヨセフは、相当悩んだと考えられます。
 神さまのお言葉である律法の規定に従い、しかし、マリヤのことを案じて《彼女のことが公けになることを好まず、ひそかに離縁しようと決心した。》のです。(マリヤが、ルカによる福音書1章26-38節の御使いガブリエルの受胎告知をヨセフに話したかは不明です)

 ところがです。ここで神さまのご介入があるのです。
 御使いが夢の中で身重になったのは、ご聖霊の働きによるものであることを知らました。そして律法違反になることを《心配しないでマリヤを妻として迎えるがよい。》と命じられたのです。そして、生まれる子の名を“イエス”とするよう命じられ、その通りに従いました。
 その記事を見てみましょう。マタイによる福音書1章20-25節です。

1:20 彼がこのことを思いめぐらしていたとき、主の使が夢に現れて言った、「ダビデの子ヨセフよ、心配しないでマリヤを妻として迎えるがよい。その胎内に宿っているものは聖霊によるのである。
1:21 彼女は男の子を産むであろう。その名をイエスと名づけなさい。彼は、おのれの民をそのもろもろの罪から救う者となるからである」。
1:22 すべてこれらのことが起ったのは、主が預言者によって言われたことの成就するためである。すなわち、
1:23 「見よ、おとめがみごもって男の子を産むであろう。その名はインマヌエルと呼ばれるであろう」。これは、「神われらと共にいます」という意味である。
1:24 ヨセフは眠りからさめた後に、主の使が命じたとおりに、マリヤを妻に迎えた。
1:25 しかし、子が生れるまでは、彼女を知ることはなかった。そして、その子をイエスと名づけた。

2、イエス様の誕生とエジプトへ避難
 ルカによる福音書2章1-7節を読みます。

2:1 そのころ、全世界の人口調査をせよとの勅令が、皇帝アウグストから出た。
2:2 これは、クレニオがシリヤの総督であった時に行われた最初の人口調査であった。
2:3 人々はみな登録をするために、それぞれ自分の町へ帰って行った。
2:4 ヨセフもダビデの家系であり、またその血統であったので、ガリラヤの町ナザレを出て、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上って行った。
2:5 それは、すでに身重になっていたいいなづけの妻マリヤと共に、登録をするためであった。
2:6 ところが、彼らがベツレヘムに滞在している間に、マリヤは月が満ちて、
2:7 初子を産み、布にくるんで、飼葉おけの中に寝かせた。客間には彼らのいる余地がなかったからである。

 皇帝アウグストが国内の人口調査を命じ、イエス様の誕生の時に住民登録がなされ、ヨセフはダビデの家系・血筋でしたので、マリヤと共にユダヤのベツレヘムに向かい、そこでイエス様の誕生を迎えました。
 余談ですが、“ベツレヘム”は“パンの家”という意味です。そして、ヨハネによる福音書6章35節に《…わたしが命のパンである。…》と、民衆に語られましたが、イエス様のお生まれになられた土地が“ベツレヘム”という理由が分かる気がしますね。
 マタイによる福音書2章13-16節と19-23節を読みます。

2:13 彼らが帰って行ったのち、見よ、主の使が夢でヨセフに現れて言った、「立って、幼な子とその母を連れて、エジプトに逃げなさい。そして、あなたに知らせるまで、そこにとどまっていなさい。ヘロデが幼な子を捜し出して、殺そうとしている」。
2:14 そこで、ヨセフは立って、夜の間に幼な子とその母とを連れてエジプトへ行き、
2:15 ヘロデが死ぬまでそこにとどまっていた。それは、主が預言者によって「エジプトからわが子を呼び出した」と言われたことが、成就するためである。
2:16 さて、ヘロデは博士たちにだまされたと知って、非常に立腹した。そして人々をつかわし、博士たちから確かめた時に基いて、ベツレヘムとその附近の地方とにいる二歳以下の男の子を、ことごとく殺した。

2:19 さて、ヘロデが死んだのち、見よ、主の使がエジプトにいるヨセフに夢で現れて言った、
2:20 「立って、幼な子とその母を連れて、イスラエルの地に行け。幼な子の命をねらっていた人々は、死んでしまった」。
2:21 そこでヨセフは立って、幼な子とその母とを連れて、イスラエルの地に帰った。
2:22 しかし、アケラオがその父ヘロデに代ってユダヤを治めていると聞いたので、そこへ行くことを恐れた。そして夢でみ告げを受けたので、ガリラヤの地方に退き、
2:23 ナザレという町に行って住んだ。これは預言者たちによって、「彼はナザレ人と呼ばれるであろう」と言われたことが、成就するためである。

 ヘロデ大王は晩年でしたが、イドマヤ人のため、ユダヤ人の王として赤ちゃんがいるという知らせを聞いて恐れ、残忍にも2歳以下の男児を殺しました。
 その時ヨセフは、夢で御告げを受け、エジプトへ逃げました。ヘロデが死ぬまでそこに滞在し、ヘロデの死後ナザレの町に移り住んだのです。

3、ヨセフの職業
 マタイによる福音書13章55節を読みます。

13:55 この人は大工の子ではないか。母はマリヤといい、兄弟たちは、ヤコブ、ヨセフ、シモン、ユダではないか。

 この聖書箇所は、郷里のナザレの町で教えられたときの人々の反応ですが、イエス様を指して《この人は大工の子ではないか。》と言うところから、ヨセフが大工だったことが分かります。

4、ヨセフの生涯
 もう一度、マタイによる福音書13章55節を読みます。

13:55 この人は大工の子ではないか。母はマリヤといい、兄弟たちは、ヤコブ、ヨセフ、シモン、ユダではないか。

 この聖書箇所を読むと、ヨセフは、イエス様が公に福音を宣べ伝え始めた頃は生きていたと思われますが、イエス様が十字架につけられた時には、すでにヨセフは亡くなっていたと考えられています。ヨハネによる福音書19章26-27節を読みます。

19:26 イエスは、その母と愛弟子とがそばに立っているのをごらんになって、母にいわれた、「婦人よ、ごらんなさい。これはあなたの子です」。
19:27 それからこの弟子に言われた、「ごらんなさい。これはあなたの母です」。そのとき以来、この弟子はイエスの母を自分の家に引きとった。

 このように、ヨセフのことは書かれていません。イエス様が母マリヤを弟子のヨハネに託しています。
 聖書には、ヨセフに関する記載は少なく、また、ヨセフの語った言葉は、まったく記録されていません。

 これまで見てきたヨセフは、目立たない存在ですが、幼いイエス様を養育する上で、ヨセフの果した役割と働きは大きいと言えます。
 妻マリヤと共に、イエス様とイエス様の兄弟たちを守ったのです。それは、神さまから与えられた大きな使命でした。ヨセフの少ない記録からですが、神さまの御言葉に従順に従い、優しく、正しい人であったと言えます。
 もう一度、マタイによる福音書1章20-21節と24節を読みます。

1:20 彼がこのことを思いめぐらしていたとき、主の使が夢に現れて言った、「ダビデの子ヨセフよ、心配しないでマリヤを妻として迎えるがよい。その胎内に宿っているものは聖霊によるのである。
1:21 彼女は男の子を産むであろう。その名をイエスと名づけなさい。彼は、おのれの民をそのもろもろの罪から救う者となるからである」。

1:24 ヨセフは眠りからさめた後に、主の使が命じたとおりに、マリヤを妻に迎えた。

 著者マタイが伝えたい事は、イエス様の肉の母マリヤの夫ヨセフは、神さまに素直に従う人物であったことです。
 そして、マリヤの夫ヨセフは、福音書を読むとサラっと流しがちですが、イエス様を含め、イエス様の肉の異父兄弟である弟や妹(マタイによる福音書13章55-56節)を、大工を生業として汗を流し確り育てた人物であったということです。

 聖書を読むと、立派な人から一般庶民、とても貧しい人まで登場しています。それぞれ役割があり、用いられています。

 今の世の日本でも、神さまに置かれた状況、また、そこから示されたことを素直に聞き従うなら、神さまは、その方を救い、用いられることが分かるようになります。

2024年6月23日(日)
ニホン・ネットキリスト教会
メッセンジャー:戀田寛正

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