ショートメッセージ【マルコの福音書1章_3】
マルコによる福音書1章35-45節
(福音の真の目的)
1、福音宣教の優先
2、罪からの解放:重い皮膚病のきよめ
今回は、マルコによる福音書1章の締めくくりから、「福音の真の目的」について考えます。イエス様の働きには、単なる奇跡を超えた、より深い目的がありました。
1、福音宣教の優先
マルコによる福音書1章35-39節
1:35 朝はやく、夜の明けるよほど前に、イエスは起きて寂しい所へ出て行き、そこで祈っておられた。
1:36 すると、シモンとその仲間とが、あとを追ってきた。
1:37 そしてイエスを見つけて、「みんなが、あなたを捜しています」と言った。
1:38 イエスは彼らに言われた、「ほかの、附近の町々にみんなで行って、そこでも教を宣べ伝えよう。わたしはこのために出てきたのだから」。
1:39 そして、ガリラヤ全地を巡りあるいて、諸会堂で教えを宣べ伝え、また悪霊を追い出された。
前日、イエス様は夜遅くまで働かれましたが、翌朝早く、まだ暗いうちに起きて寂しい場所に行き、祈っておられました。
父なる神さまとの交わりから力と知恵を得るためです。その後、イエス様を捜しに来た弟子たちは、人々がイエス様を求めていると告げますが、イエス様は次のように言われました。《「ほかの、附近の町々にみんなで行って、そこでも教を宣べ伝えよう。わたしはこのために出てきたのだから」。》
人々は奇跡や悪霊払いといった表面的なものを求めていましたが、イエス様の目的はただ一つ、人々が悔い改めて福音を信じることでした。人々が奇跡ばかりを求め、福音の本質から離れていったとき、イエス様はあえてカペナウムを離れ、ガリラヤ全土に福音を告げ知らせることを優先されたのです。
2、罪からの解放:重い皮膚病のきよめ
マルコによる福音書1章40-45節
1:40 ひとりの重い皮膚病人が、イエスのところに願いにきて、ひざまずいて言った、「みこころでしたら、きよめていただけるのですが」。
1:41 イエスは深くあわれみ、手を伸ばして彼にさわり、「そうしてあげよう、きよくなれ」と言われた。
1:42 すると、重い皮膚病が直ちに去って、その人はきよくなった。
1:43 イエスは彼をきびしく戒めて、すぐにそこを去らせ、こう言い聞かせられた、
1:44 「何も人に話さないように、注意しなさい。ただ行って、自分のからだを祭司に見せ、それから、モーセが命じた物をあなたのきよめのためにささげて、人々に証明しなさい」。
1:45 しかし、彼は出て行って、自分の身に起ったことを盛んに語り、また言いひろめはじめたので、イエスはもはや表立っては町に、はいることができなくなり、外の寂しい所にとどまっておられた。しかし、人々は方々から、イエスのところにぞくぞくと集まってきた。
このガリラヤ旅行中に起きた出来事が、福音の目的を象徴的に示しています。
それは、重い皮膚病「ツァラアト」に冒された人の“きよめ”です。ツァラアトは進行性で、当時は治癒不能な病気でした。
レビ記に記されているツァラアトは、ハンセン病というよりは、皮膚、衣服、さらには家にも現れる“カビのような”特殊な症状群を指し、医学的というより信仰的・宗教的な汚れた状態と見なされていました。
ツァラアトと診断された者は、社会から隔離され、「汚れている、汚れている」と叫ばなければなりませんでした。
このツァラアトは、しばしば罪を指し示す象徴として用いられます。
罪もまた、私たちを蝕み、治癒不能で、最終的には滅ぼしに至る病だからです。しかし、イエス様は、誰もが触れることを避けたこのツァラアトの人に深く憐れみを抱き、手を伸ばして触れ、《「そうしてあげよう、きよくなれ」》(1章41節)と言われました。すると、重い皮膚病は直ちに去り、彼はきよめられたのです。ここに、イエス・キリストの福音の核心が明確に現れています。イエス様は、どのようなひどく恐ろしい罪でも赦すことがおできになるのです。
私たちが「善い人でなければ神に近づけない」と考えがちなのに対し、福音は、悔い改めてキリストに立ち返る者を拒まず、腕を広げて豊かに赦してくださるという良い知らせなのです。
イエス様は癒された人に、祭司に見せて誰にも話さないよう厳しく戒められました。
これは、奇跡の噂が先行して人々の信仰的な理解が深まらないことを警戒し、また、ご自身ではなく父なる神に栄光が帰せられることを望まれたためです。しかし、彼はその出来事を盛んに語り広めたため、イエス様は町に表立って入れなくなりました。
この出来事が示しているのは、イエス様が行われた癒しや奇跡の裏には、最終的な目的として「罪の赦し」があるということです。マルコによる福音書2章5節では、イエス様は病人(中風)に対して、癒しを行う前に「あなたの罪は赦された」と宣言されました。
聖書における福音は、私たちの様々な必要を満たし助けてくださるイエス・キリストについてです。しかし、その根幹は罪の赦しにあります。私たちが罪を犯したとき、悔い改めてキリストに立ち返るならば、イエス様はそれを赦してくださいます。これこそが最も大きな良い知らせなのです。ご聖霊の力によって、イエス様は私たちを必ず変えてくださいます。失敗を恐れずに、イエス様について行きましょう。
2026年1月25日(日)
ニホン・ネットキリスト教会
メッセンジャー:戀田寛正

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